「基本の手帳術」”まずは、やってみる” | チャレンジのきろく/2021年11月13日開催

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タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加)



タイトル下の線

質問[1]
今回のワークショップに参加することで、あなたは、何を発見しましたか?
気づいたことや、意識が変化したことは、何でしょう。



頭ではなくて、身体の都合を考える
これを聞いて、とても解りやすいなと思った。

今まで、頭でばっかり考えてきて、だからなのか違うと解っている星を追いかけて右往左往していた。
今は、もう正直先のことはよく解らないけど今までのやり方とは別の方法をとっていこう、いくしかないなと感じています。


今の私に出来ることは、身体を休めること。=(イコール)睡眠。

まず、ここから初めてみよう。
以前の私なら、鼻で笑うようなこと。でも今は、自分にとって大事だと感じる。



質問[2]
あなたの目標......「夢をかなえる」は、何でしょう。



まず、ぐっすり良質の睡眠がとれるようになること。
今は、睡眠もろくに上手くとれないことに気が付いた。
睡眠薬を飲むレベルじゃなければOKだと、高を括っていたのかもしれないけど、全くそんなことはないと思った。

朝すっきり目覚めることが出来て、美味しく朝ご飯を食べたい。
今の私の目標です。




タイトルはじまり目印

M. T. さん(40代以上/岐阜県よりご参加)



タイトル下の線

質問[1]
今回のワークショップに参加することで、あなたは、何を発見しましたか?
気づいたことや、意識が変化したことは、何でしょう。



私は今まで自分が「自己理解」の意味があいまいだったことに気づいた。
「自己理解」というのは私が思っていたよりももっと根本的な部分で具体的なことから…ということがわかった。


そして「自己理解」は手帳と一緒じゃないと出来ないということもわかった。

予定を手帳に書き込んで、それと現実の差を見つけていく。
その現実が自分だから、その現実に手帳のスケジュールを修正していく。

手帳に自分を合わせるのではない。
手帳に自分を合わせることは「自分ブラック」になってしまう。

また、そもそも手帳をつけないと自分の見積もりと現実の誤差が見つけられないので、とにかく手帳をつけること、開くことをする。



質問[2]
あなたの目標......「夢をかなえる」は、何でしょう。



私は、「自分のため」に動けるようになりたい。
私は、自分をもっとわかりたい。
私は、自分にやさしくありたい(甘やかすことではなく)。




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T. S. さん(40代以上/北海道よりご参加)



タイトル下の線

質問[1]
今回のワークショップに参加することで、あなたは、何を発見しましたか?
気づいたことや、意識が変化したことは、何でしょう。



幸せな人の定義。その通りだと思うし、今の私はできていることもあるけど、そうじゃないことも多い。
自分ブラックやめよう、と前回も強く思ったはずなのに、結局同じことをしてる自分にがっかり。

手帳に入りきらない予定や、入っているのに見えていない予定で、私の時間が溢れている。
どこから始めたらよいか、また途方に暮れそうになるけれど、まずは自分の手帳をしっかり作り込もう。



質問[2]
あなたの目標......「夢をかなえる」は、何でしょう。



私の好きなことを、少しずつ手帳に入れる。
ささやかでも美味しいもの、食べたいものを食べること。

お気に入りのお店に行くこと。
クリスマスの妖精を毎年一人ずつ増やす。

快適なリビングをキープする。
長距離は時間的に難しいけど、ちょっとしたドライブに行く。




タイトルはじまり目印

A. M. さん(30代/愛知県よりご参加)



タイトル下の線

質問[1]
今回のワークショップに参加することで、あなたは、何を発見しましたか?
気づいたことや、意識が変化したことは、何でしょう。



クラスで話が出て気付いたのだけれど、私は Web. WORKSHOP をはじめとしたワークをやる時間を時間軸の中にとっていない。

やることとしては書いているけれど、肝心のいつ・どのくらいの時間をかけてやるというのが全然予定もイメージもできていなかった。思い返せば私の気になるけどやってみたいこと、いつかしたいことは全てそんな感じだった。

私の生活の中に織り込まれてない。
とても驚いた。


文節区切りの線

手帳に書く時間は現実的でOKということが今まで全然わかってなかった。

立派な自分でないと手帳の上でさえ存在してはいけない。
そんな気持ちがあったからたびたび白紙のページになっていたのだと思う。


「12時まで寝たいのよ」
そう、疲れ切った私は休みの日くらいゆっくり寝たいのだ。

でもそんな怠惰なことをするのに罪悪感があって予定には書けなかった。
寝て起きた時も、やってしまった感があってすごく自己嫌悪していた。

けれど事実、私は寝たかったのだ。
幻の立派な自分をここでも追いかけていたのがわかってしまった。



質問[2]
あなたの目標......「夢をかなえる」は、何でしょう。



罪悪感なくゆっくりお昼まで寝るのを予定に入れたい。
秋の空気の中で散歩をしたい。

美味しいお茶を淹れてほっとしたい。
本当に少ししかない自分の時間に何を入れたいか。真剣に作戦会議をしていきたい。




タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加)



タイトル下の線



質問[1]
今回のワークショップに参加することで、あなたは、何を発見しましたか?
気づいたことや、意識が変化したことは、何でしょう。



*自分の身体感覚、「このぐらいがいい」にあわせて、時間の線を引く。

「ここからはもうプライベートでいいんだ」
「ここからは休んでいい」

身体感覚にもとづいて引く線は、心地いいと私は思った。
ほっとする。

これが「自己肯定」のスケジュールの基礎なんだ。
自己肯定=なんかキラキラした、特別なことをするとかじゃない。

それより、まず私の日常が「無理のない」ように組まれていること。
その安心感って、大きい。
私への信頼にもつながる感じがする。


文節区切りの線

*私は今、外からの制約が少ない立場にあるから、自分の時間をどのようにでも、自由にできる。

それでも、最初はなかなかそれを外せなかった。
別に休んでも、誰にも文句は言われないのに「こんなに休んでていいのか」「こんなので社会復帰できるんだろうか」と不安になって、つい「それっぽい」時間に線を引いてしまう。

…でも、実際、現実には私にはそれができない(したくない)。
で、自己嫌悪とか、「私はダメなんだ」のお決まりのループ。

でも、今回は思い切って「もう先のことは今の自分には見えないから、今の私を基準にして書いてみよう。
とにかく、今はそれでやってみよう」と腹を括って、私の希望の時間に線を引いた。


そうか、これが「自己主張」なんだ。
私は、手帳の上ですら、自己主張することができなかったんだ。

手帳の上で自己主張できなかったら、それを他人に向かって堂々とできるはずもない。

そして、その自己主張をふさいでいるのも、実は私。
「このぐらいはやるべき」「こんなに休むのは良くない」と、よくわからないけど染み付いた価値観で裁いている私。


それをやめればいい。
私はまず、手帳で私の自己主張をするんだ。
そもそも、それをしなくちゃ、何も始まらない。

失敗してもうまくいってもいい。
とにかくやって、どうだったかを現実の手応えで知る。
それが新しい「私を知る」のピースになっていくんだ。


文節区切りの線

*自分を知ること、自分に合うペースで生きること。
私はついこれらも、100%できないとダメって思い込んでしまっていた。

でも、そうじゃない。
今、どんなに輝いて見える人だって、実際は60%くらいのOKで、時に悩んだりもしながら生きているんだ。
なんだ、60%で、十分だったんだ。


私に必要なのは、この感覚。
今までは0か100か、完璧かどうかの物差しだったから、中途半端な感じは慣れなくてモヤッとするけど、別にそれでいいんだよ、大丈夫って受け入れること。

そして、中途半端なままでも、私はおいしく食べていいし、ゆっくり寝る。
中途半端なままでも、好きなものを日常でじゃんじゃん使うんだ。
それで全然、かまわない。なんの問題もない。


文節区切りの線

*私は、私を「できる人」と思っていたかった。
だから「このぐらいはできるはず、できて当然」目線で、手帳に予定を書く。

でも、等身大の私は、そうじゃない。
だからそこで衝突が起きていて、私の時間はうまくいってなかったんだ。

よく考えたら、よくわからないプライドに縛られていたんだなと気付いた。
このプライド、好き? 持っていたい? 叶えたい?

…別にいいよね、これ。

それよりもっと、私が肌感覚で「こっちの方がいいな」と思える私や時間がある。
なら、そっちを採用すればいいんだ。


文節区切りの線

*手帳に線を引いて、予定の下準備、枠を作る。
考えるよりも、ずっと時間もかかるし、肩も首も痛くなる。

でもこうやって「大変だなぁ」と思いながらもつくっていく手帳には、愛着が湧いてくる。
「あの時、私のためにこんなに頑張ってつくったんだ、やすやすとゆずってなるものか!」という気持ちにもなる。


ただ、ワークショップ・クラス中に線を引く時間になったとき、私は知らず知らず「競争」みたいなモードになっていた。
途中で「はっ」と気づいた。早く引けるのは悪くないけど、そんな息詰めてやる必要ないじゃん、と気づいた。
なので途中から私は、意識して「ゆっくり」にした。お茶を飲んだり、適度に体をほぐしながら進めた。

当然、時間内にできる量は減ったけど、別日にフォローして完成したので、問題なかった。
こうやって「とめる」ことができたのは、よかったなって思った。


文節区切りの線

*クラス中「私はこの時間にこれをしている」というシェアを聞いていて、私は「みんな、意外と早いんだ」と思った。

私の周りにいる人たちは、私と大体同じか、それより遅い人の方が多い。
だから私は私の時間を「当たり前」「こんなもの」と思ってたけど、こうやって、環境や仕事が変われば、生活のリズムも違うんだなぁ。

改めて、私の「ふつう」は、それが絶対じゃないんだ。
変えてもいいし、変えなくてもどっちでもいい。
でも、似たような人間関係や環境にしかいないと、他の選択肢すら見当たらない。

こうやって、普段の自分の周りにいない人の話を聞けるのも、貴重だなぁと私は思った。


文節区切りの線

*「手帳の白い部分が埋められないこと」が私の悩み。

それには「自分のことがわからない」など、いろんな要因があるけど、今回、私が気づいたのは「無意識に高刺激を求めている」ことだった。

別に必要のあることしたら、あとはのんびり休めばいい。
手帳に時間枠を作って「休む」の一言を書いて、終わり。
その時間は休んだり、好きなことをすればいい。

それでいいのに、つい「何か」を入れなくちゃ…と思う私がいる。
観察したら「高刺激に慣れすぎて、そうでないものは『やった』感じがしない」私に気づいた。


のんびり、ゆっくりする、時には「何もしない」をする時間。
それらはいいものなのに、私には淡すぎて「これを予定にしていいのか」と思ってしまっていた。

高刺激から離れることも、私には必要だと思った。



質問[2]
あなたの目標......「夢をかなえる」は、何でしょう。



*私は、私をもっと理解していきたい。

幻想、無理矢理、とにかく大きく…ではなく、等身大の私を理解していく。
そのためのやさしさや心のやわらかさ、いい意味でのあきらめを私は身につけたい。


*私に素直、正直になる。

私は、私の中でケンカすること、ひっぱりあいをやめたい。
私を抑圧したり、「これはいい、ダメ」と検閲せず、まずは自由に好きなことをしゃべっていいよとし、いろんな声を拾っていきたい。