2026.05月開催 「前向き表現のアサーティブ・トレーニング」かとぅーらクラス

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タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/東京都よりご参加) かとぅーらクラス



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私は今回のワークショップで、前向き表現とは、はっきりとした境界線がある世界で使う表現であり、また自己成長の途中で能動的に使う全ての表現であると学んだ。

また、
「何が何でも自分のことは自分でやりきると決める」
「待たない、能動的に自主的に行動するもの」
だとも学び、今までの自分の人生の中には全く無かった概念だということにも気が付いた。


相手に自分のニーズを伝えるには、前提として自分が最終結論を持ち合わせていなければ伝えることは永遠に出来ない。

結局、自分はどうしたいのかということだ。


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書いて引いて見れば当たり前のことの様に思えるが、私はこのような方法を両親から学んだことは1度もなかった。
自分の最終結論は、相手と話をしているうちに自然と湧いてくるものだと本気で思っていた。

だから相手に強く出られると、直ぐに思考停止になって自分の意見をねじ曲げたり、流されたりして結局何も掴んだ気がしないまま、自己成長も感じられず時間だけが過ぎていた。


でも、自分の成長を自らが足を引っ張るような、あの感じ。
もうそういう空しい思いをするのは、本当に嫌だと心から思った。


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今回のワークショップ・クラス後、私は前向き表現を実践する場があったが、自分の前向き表現の「不慣れさ」を実感した。
もう無意識に気が付くと目的がズレてしまうのだ。

自分の意思を少し曲げてでも「YES」を言ってもらおうとしたり、簡単に妥協してしまいそうになる。


また、どこまで相手に要望を伝えてもいいものなのか、どこまではきちんと言わないといけなかったのか、またどこまでは言いすぎになるのかの加減すら、私は解らない。
これが今の自分の実力なのだと感じた。


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だけど馴染みのある、あの投げ出すか誰かに丸投げするかの最低の2択のやり方は、もう気持ち悪くて出来ないしやれる環境下にいない。

自己憐憫に陥る時もあるけど、でも私は1日1日を振り返り、予定を微調整し、身体を大切にしながら、この数か月を乗り切っていきたい。
今より少し上を目指して、成長をしていきたい。


優月さん、ご一緒してくださったお仲間さんへ
今回も、たくさんの学びをありがとうございました。




タイトルはじまり目印

S. H. さん(40代以上/岩手県よりご参加) かとぅーらクラス



タイトル下の線


私は、前向き表現の世界観とはかけ離れたところにいる。
自分にある「都合よく盗もう」という依存心、ドロボー根性が、あちこちから透けて見えるようで、恥ずかしいどころか、気持ちが悪い。

そのような自分を信用できない。
相手もそうかもしれない(=妄想)と思うと、信用できない気がする。

うまくいくか分からないし…。


そうやって私はさらに、狭いところに閉じこもり続けようとする。


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感謝や敬意も、自分の希望が何であるかも、自分で示さなければ相手には伝わらない。
私は、相手を見ていないどころか、練習で想定することすら難しいことを痛感した。


私の態度は、WIN-WIN の豊かさを目指すものではなく、自分のことばかりの妄想や自己憐憫なのだ。
無自覚に続けてきた目的の設定も、とてもずれている。

無難であることや波風を立てないことが、目標地点。
だから、簡単に自分が折れることが常に最善策…。


このままではいたくはない。
けれど、あまりにできない。

理解が進むことで、自分の「歯の立たなさ」もより現実味を帯びてきている。


文節区切りの線


私は、自分にとっての最終結論を考え続け、そこに矛盾のない行動に時間を充てなくてはいけない。
日々、口ばかりに見える自分と対峙せざるをえないが、これを続けていくしかない。

世界観の違いを自分に叩き込みながら、ブツブツ言う中身を変えていく。


私は、何がほしいのだろう? 
そのために、今できることは何だろう?

自分と争うのではなく協力するために、小さな改善や練習を重ねていくしかない。


私は、自らを閉じ込めているところから、絶対に出たい。
ぬるいところから出た方がずっと良かったじゃないかと、心から言える自分になりたい。