2021.03月開催 「春の大勉強 & 大準備会[基礎編]」ひよしクラス

タイトルはじまり目印

C. H. さん(30代/福岡県よりご参加) ひよしクラス


タイトル下の線


今、世界がひっくり返ったような気持ちです。
見える景色が、良い意味ですっかり変わってしまいました。
一言で言うと、「納得」といった感じです。

小学生の頃からずっと、私の人生の多くの時間を占めてきた不全感・虚しさ・重苦しさなどの理由に説明がつきました。
それは私がネガティブだからとか、怠惰だからだとか、自分の問題だと思っていましたが、そうではありませんでした。


文節区切りの線


「うちの家庭は家族として成り立ってないよな」と、子どもの頃から薄々感じてはいましたが、「生まれた環境や親のせいにするなんて、かっこ悪い」と思って自分を責めたり、いじめてばかりいました。

でも、「春の大勉強 & 大準備会」で色々なことを教えていただいた今、自分がとても過酷な環境の中で生き延びてきたのだなと思います。


人と親しくなれないのも、人といると気疲れして苦しいのも、私が変わっているせいだと思っていましたが、どうやらそういうわけではないようです。

夢を描いて、叶えても虚しくて。
せっかく叶った夢も、人間関係に疲れ果てたあげく、放り出してしまって。そんな自分が情けなくて大嫌いで、こんな自分をなんとか変えようと、間違った努力ばかりしていました(ごめんね、私……)。


文節区切りの線


「春の大勉強 & 大準備会」を終えた今、私は生きていていいのだと、思えるようになっています。
肩の荷が降りたような、世界に受け入れられているような、そんな気持ちです。

一方で、「この知識を得られて本当に良かったのか、知らないままでいた方が楽だったのではないか」と、戸惑っている私もいます。
母に対して、どういう気持ちを抱いたらいいのか分かりません。
でも、もし知らないままでいたら、鈍い苦しみを持ったまま、沼に沈んでいくような人生になっていただろうなとも思います。


文節区切りの線


ワークショップ・クラスの時に優月さんが、「もし私が皆さんの母だったら、可愛い可愛いと言って育てますよ」というようなことをおっしゃってくださって、うまく言えないのですが、すごくほっとしました。
そういう風に、愛されて育つ権利というか価値というか、そういうものが私にも許されていたんだと思えました。


そして、お仲間の皆様の体験談にも勇気づけられました。
「ひとりじゃない」ことが、本当に心強かったです。

優月さん、お仲間の皆さん、たくさんの気づきを本当にありがとうございました。





タイトルはじまり目印

S. M. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) ひよしクラス


タイトル下の線


過去の感覚をもう一度なぞりながら、深い納得と、新しい感覚とを感じた勉強会でした。


今回、強く鋭さすら持って感じたのが「幸せの当たり前さ」でした。

「当たり前」って、少しばかり暴力的な感じもする。それ以外存在しない、のように。
だとしたら、「当たり前」がなかった側は、どうなんだって思う。


文節区切りの線


わたしは「当たり前」がなかったことの悔しさや悲しさを知ってる。恥じのようなものだってあったと思う。
だからこそ、わたしは、これから「当たり前」を勉強し敬い感じて味わっていきたい。

人は何かを選択するときは、当たり前に(普通に、のほうがいいかな)「自分の幸せになるほう」を選んでいるんだ。って、その工程にあらためて驚きもしました。
その目標(わたしの幸せのため)も、疑いもなくそこに存在してるんだ(言われてみればそうだった! という感じもあった)。


それを、甘さ(ズルさ)で惑わされ、軸も育ててもらえなかった。
なんてことをしてくれたんだ、と親にはやはり思う。

なんて下手くそ(な子育て)なんだ、見事に下手くそだ、下手くそなのに自信満々。
これからも何回もあると思う、その下手くそに引き継いだものが出てくるときが。

それでも、わたしは、これからも歩き続けようとやはり思います。
「本来」を、敬い感じて味わうことをやめたくないです。


文節区切りの線


たくさんのトライ&エラーが待ってるなあ、と思っています。
エラーばっかり目につく、目を奪われる、それと「やっぱり自分なんて」が引っ付いたりして、余計にややこしくなったりする。

それを引き剥がす作業もいる。
それでも、そっちのほうがいいです。


ご一緒だったみなさん、ありがとうございました。
夏に向けてまた歩いていこうと思います。どこかでまたご一緒できたら嬉しいです。





タイトルはじまり目印

Y. W. さん(30代/愛知県よりご参加) ひよしクラス


タイトル下の線


「どうして私のことがわからないの?」
「いつまでたっても自分の人生を決められないのはなぜ?」

それに対して私はつい
「私が悪いから、なまけているから、努力が足りないから」
と思い込んでしまう。

でも、本当はこんなにもきっちりした原因、背景があったんだ。
私はこの仕組みを何度も聞いているけど、今回改めて基礎から確認し、「深すぎる…」と思った。


文節区切りの線


私と私の親は、普通の家族の関係でなかった。
端から見たら、「普通の家族」に見えるのかもしれない。
でも実際は、私にとってはそれは「全く違うもの」だったんだ。

そこに伴う、私の人生の喪失、土台の喪失のことを思うと、私は何度悔やんでも、悔みきれない。
言葉にならないくらい、私は悔しくてたまらない。


文節区切りの線


私の中の「私はこうあるべき、こう生きるべき」というハードルは異常に上がりまくっている。

まだ私はそれを「普通」と思い込んでいて、つい駆り立てられてしまうけど、前に比べれば、うんと
「あ、このくらいでもいいんだ」
「私はほどほどでも、ちゃんと受け入れてもらえるんだ」
と肩の力が抜けるようになってきた。
私はその落ち着き、力が抜ける感じに、もっともっとおりていきたい。


文節区切りの線


つらいことや問題、気になること、解決したいこと…。
私は、そういうものを考えれば際限なく湧いてくる。

でもそれは「ある」としつつも
「それでも、私はよくやってるよね」
「いっぱい学んで、ここまで来れたよね」
「これからも道は続くけど、前よりうんと安定して進めるようになったよね」
「まだ途中でも、回復の道のりで得たもの、体験したこと、私が知ったことがたくさんある。ゼロじゃない」
と、私が私を肯定できると、ほっとする。


文節区切りの線


今回の「春の大勉強 & 大準備会」では、ワークショップに参加し始めた頃の自分と今の自分を比較して振り返る機会がたくさんあった。

そのおかげで、自分では自分のことを「うまく進めてない」と思いがちだけどちゃんと進んでいることも、身についていることもたくさんあるんだなと私は気づけた。
「道の途中でも、自分を認めるポイントはたくさんあるんだ」と私は思った。


私は、問題や悩みから逃げることはしないけど、それだけで私の1日、人生を塗りつぶして、決めつけて、自分を落ち込ませるのは苦しい。
そうじゃなく、そういうさなかでも「私、おつかれさま」「私、ありがとう」とねぎらえると、私はほっとして、うれしい。
こうやって落ち着いてほっとする方が、私はまた、前に進む力が湧いてくる。

問題に飛びつくことが私は得意で、ついやってしまうけど、一度それをゆるめて見ると、見えなかったものが、たくさん見えるようになる。
私は、ずっとゼロとか、マイナスだけってことは、ないんだ。
私はそれを忘れずにいたい。


文節区切りの線


私が ONSA のワークショップに参加したのは、最初は「自己啓発」の一環のような位置づけだった。

今思うと、その時の私の視野がずれていたな、とも思うけど、でも何より大事なのは、私はその時の自分の生きづらさを無視せず「なんとかしたい!」と思って、自分で決めて参加したことだ。

このときの「参加する」の一歩がなかったら、今の私はもっと濃い霧の中をさまよっていたんだろう。
(本当におそろしい…)


私は、このときの私の一歩を、めちゃめちゃ褒めたい!
私は、どんなに劣悪な環境で育っても「私のために」学ぶこと、行動することはあきらめなかった。
私には「私を大事に守る力」「必要なことのために努力する力」がちゃんとある。

私の人生には「得られなかったもの」「奪われたもの」が山のようにある。
その山を思うと、私は途方に暮れるし、悲しくてたまらない。

でも、一方で私の中にちゃんと「力」もある。
これは、どんなに苦しい環境や出来事にさらされてもくじけず、私の中に息づいている力だ。
だから私は、この力を信じて、育てていこう。


文節区切りの線


今回の会では、「自分を認めることと、甘やかすことの違い」についても聞くことができ、私はとてもうれしかった。
こうして、自分ではふわっとしたイメージしかなくて、整理も認識もできないことを、言語化して教えてもらえることが、私は本当にありがたいと思う。

今回の会も、様々なことを学び、気づくことができました。
優月さん、スタッフのみなさん、お仲間さん、ありがとうございました!





タイトルはじまり目印

S. H. さん(30代/宮城県よりご参加) ひよしクラス


タイトル下の線


この場所へ来てよかった。心からそう思う。
やみくもに、というわけでもないけれど、とにかく順番に沿って、とにかく手さぐりで、Web. WORKSHOP にコツコツ取り組んでいる最中。

少しずつ知識を得ていくなかで、どうやら大変なことだと気づき始め、手を打つ必要があるようだけれど、いったい何をどうしたら…。
いつまでこれが続くのだろう…、と途方に暮れてしまいそうな気持ちを抱えながら参加したこの勉強会。


私はいま、自分にとって必要な場所にたどり着いている。
おそるおそる、だったとしても、まずはちゃんとここまで歩いてきている。

まぎれもなく、他でもない自分が選んだことであり、本当に勇敢なこと。
こう思えたことで、先の見えない道のりに、やさしいあたたかい明かりが灯されたかのような心地がしている。


文節区切りの線


「症状」が自分にあるということを、あらためて自覚した。
自分にとって苦しいやり方を、このまま続けたくはない。

自分が自分をほんとうに大切にして、誰よりも味方でありたい。
あたたかいこと、安心すること、満足することを、堂々と味わって生きていきたい。

そのために、自分を見つめることを続け、これまでに知らなかったことを学び、練習をしていく。
具体的な進め方と、自分が自分に本気で向き合うという決意を、この機会にたしかめることができた。


文節区切りの線


「シェア」は、本当に偉大なこと。

それは、自分の中に渦巻くことを言葉で発しようとするときに、声がつまったり感情が大きく揺れ動いたりするのを体感しながら、自分に起こっていることを真剣に見つめること。

お仲間の皆さんの声を聴いて、共感したり新たな気づきを得たり、いつかそんなふうにも思うこともあるのかもしれないと想像を広げること。
ひとりじゃない、ということを、たしかめること。


「ひとりじゃない」ということは、この道のりにとって本当に大切で、必要で、あたたかいこと。

自分が自分のために取り組んでいく道だけれど、ひとりではただただ怖くて恐ろしくて、途方に暮れたままだったかもしれない。
けれどもし、自分に向き合うことを怖がって、自分の感じることをあきらめたり永久に後回しにしていたかもしれないと思うと、それももっと恐ろしい。

ひとりじゃないことは、とてもあたたかくて、心強い。


文節区切りの線

「わかる」と「できる」は違うということを、しっかりと覚えておこう。
自分が陥りやすいパターンを、知っておこう。

大切なことを知ったはずなのに、「できていない」「同じことをくり返している」自分に、がっかりしてしまうことがある。
けれど、できるようになるためには、練習が必要。

だから、いま私はここにいるのだった。
そのための場所にいて、そのためのやり方を選んでいるのだった。


文節区切りの線


自分を知ることを、知識を得ることを、訓練を、続けていこう。
自分のために、自分が本気でやっていこう。


優月さん、関わってくださる皆さん、お仲間の皆さん。
同じ時間をご一緒できたことを、とてもありがたく心強く感じています。
本当にありがとうございました。





タイトルはじまり目印

M. K. さん(30代/福岡県よりご参加) ひよしクラス


タイトル下の線


もう1度同じことを言われたと思った。
たぶん、あと何回だって必要なことなんだと思う。
わかるまで何度でも。

ざわざわするのはきっと核心に触れてしまいそうだから。
私の根っこの部分に来ているから。

揺れる気持ちがあってよかった。
悲しかったんだなとやっと気づけたということ。
やっと疲れたなって思えた。





タイトルはじまり目印

T. M. さん(40代以上/東京都よりご参加) ひよしクラス


タイトル下の線


正しい知識を繰り返し学ぶこと、新たな気づきと自己理解、それがありのままの自分を受け入れることにつながっているんだと、実感した。

自分のこと、自分の周りで起きていたことがどんな未来になるのか、目を背けることはできない。

私は、自分とも他人とも仲良く、幸せな未来を築いていきたい。
だから、これからも学んで理解して、行動を変えていきたい。





タイトルはじまり目印

A. Y. さん(40代以上/東京都よりご参加) ひよしクラス


タイトル下の線


今わかってることは、ただとにかくもうしんどいということだけ。
これからどうすればいいのか、どうするべきなのか。

それを考えようとするとぐるぐる回ってしまうから無理しないでおこうね。
進めた分だけを進もうね。


文節区切りの線


今わかってること。それはこのままじゃしんどいよね、っていうこと。
本当にとてもしんどい。
わたしはいまとてもしんどいなって感じている。

そしてもう一つわかっていること。わたしは居心地よくしていてもいいということ。
どんな瞬間でもわたしはわたしの居心地を最優先にしていいんだよ、っていうこと。

だから今はそのことに集中するんだ。
そして頑張りと我慢を続けてきて今もそうしてしまう自分を労わること。

その方法しかなかったここまでの人生をわたしがどんな思いで生きてきたか。
そのことを決してないがしろにしない。

たとえ今が問題だらけでも、その渦中にいるわたしがどんな思いで生きているのか。その気持ちを決して見捨てない。
わたしはもうわたしを責めたりしない。


文節区切りの線


夜寝ていると胸の苦しさで目がさめる。
この耐えられないような痛みを感じているほうが、わたしなんだよね。
わたしはそこから離れるために他の人を胸の中心にあてがってしまうけれど、本当のわたしの中心にあるのは、今は耐え難いほどの痛みと重み。

「自分はここにいてはいけないんだ」なんて、なんて苦しくて重たい重石なんだろうか。
そんなに苦しいものをわたしは自分に背負わせてきた。

まるで圧力鍋みたいに自分にものすごいプレッシャーをかけて生きてきて、今もそうしている。わたしはとにかく今のままじゃダメだ、って強く強く自分に圧をかけている。


ものすごい強い力で自分を押さえつけて、それで人に合わせてなんとかやっているんだってびっくりした。
一夜明けて、その圧力の強さがふとわかった時、その大きさにとても驚いた。
その圧がどれほどのものだったかということにとても驚いた。

「自分はここにいてはいけない」「こんな自分じゃダメだ」、そうやって自分にものすごい強さで圧をかけて生きてきてた。
それぐらい強く抑え込むしかなかった、ということ。
そのことの大きさ、重み。

わたしはものすごい無理をして本当に無理に「大人」になったんだね。
そして今もその無理が、ずっと続いたままだからこんなにも苦しいんだよね。


文節区切りの線


わたしはありのままでいてもいいみたい。
わたしが楽な自分でいてもいいみたい。
それなのにそうすることはとても怖い。

例えば「できないことをやらずに置くこと」「誰かが心配するから、という理由で物事を決めない、やらないこと」。
冷静になれば、それがどんなに普通じゃないかがわかるのに、渦中の自分の感覚はとても鈍っている。


わたしは多分、自分が元気になることを一番に選んで、それを選び続けていいみたい。
そしてそうすることは、わたしにとっては本当に怖いのだと思った。

自分はものすごく怖がっている。
そのことに自覚的にならないと、きっと前に進めない。
怖がりなのだから、ゆっくりちょっとずつやってみてもいいんだよね。

わたしは女の子の友達が欲しい。一緒に出かけたりできる友達が欲しい。
そんな夢を形にするために、ワークショップに行ったりしてもいいみたい。

自分のペースで仕事をしてもいいみたい。


文節区切りの線


わたしは本当に NO が言えないのだ、ということもワークとその後の日常生活の中でリアルに理解した。
それはやり方も知らず、さらに恐怖で強張ってしまっているからなんだと思った。

だから、適切に NO という訓練が必要。そのために「境界線ワークショップ」がいる。
そうやって目的がわかってくると何を選べばいいのかがわかる。
そうやって自分の生活とワークを繋げてゆくんだな、と思った。


文節区切りの線


今の自分はほっておくと他人に信じられないほどの桁の奉仕をけろっとやってしまうのだということがリアルに理解できた。
そしてわたしはそういう関係から「安全に」遠ざかる方法をまだ知らない。

自分にダメージが出ない方法で、そういう繋がり方にならないように未然に線を引くスキルがなんとしても必要だと思った。
感じることとともにそれが今年のわたしのテーマだと思う。


わたしは自分で考え、感じる「時間を取ること」そうやって自分で決めながら人生を進めてゆくことをほぼしていないのだ。
それはなかなか掴めないけど、つかめるまで根気よくゆっくりじっくりやっていってもいいんだよね。

たとえほんの一ミリでも自分をよりつかむことができたなら。
そうやってジリジリと進んでゆくしかない。そしてそれでいいんだよね。


文節区切りの線


自分に集中、やればできる。
間違えても大丈夫またやるだけ。
いつもいつも自分が大事。
怖くなった時に唱えてみた。

練習したり失敗したりすることは見た感じすごくかっこ悪いかもしれないと思うと怖い。
この歳でそれをするの? って思うとすごく恥ずかしくもある。

けどわたしは自分の生家でそうやって不当になんども恥ずかしい思いをさせられてきたんだと思う。そんなことにもう負けたくない。
ひやっとするけれど、その度に「待てよ」と立ち止まれる。
おかしいのはどっちだ? と冷静になろうと思う。


文節区切りの線


わたしはかっこ悪くてもいいし間違えてもいいと思う。失敗してもいい。
すぐには全部をできなくてもいい。

わたしにとってそれしかなかった古いやり方怖いやり方にはもう心底うんざりした。
怖いやり方はわたしにはあっていないと思う。
わたしには居心地が悪い。自分はおかしいのだろうかという気持ちにさせられる場面にもうんざりした。
もうこれ以上それは嫌とわたしは思う。


ヒヤッとさせられて恐怖に突き動かされてわたしの時間をつぎこむ行動をもうこれ以上続けたくない。
自分の時間を失いたくない。
すぐにはできなくても、目標はそこなんだ。

わたしは今まですぐにできないなら望む資格もないと思っていたんだ。
繰り返し絡め取られても「これは嫌なやつだ」と自分が知ってることがどれほどの安心につながるかをわたしは理解した。
それが目標を持つ、ということなのだと思う。


文節区切りの線


わたしは本当は間違えたり失敗することも込みで、存在することを許されているらしい。
わたしが間違えても、失敗しても、世界はちゃんと受け止めてくれる。
世界は本当はそういうところらしい。

わたし自身はせっかく生まれたのに丸ごと否定される環境にずっとずっと生きていたのだ。
そしてわたしは今とても弱い。それは鍛えたことがないから。
弱いことも、悪いことじゃない。存在してはいけない理由にならない。


街の中にいてもわたしは観察をするようになった。
それぞれの人がどんなふうに生きているのか。何を大事にしていそうか。

わたしは前よりもずっと「冷静に」それらを観察している。
どんな人が「否定」を中心で生きているのか、どんな人が「肯定」を中心で生きているのか。


文節区切りの線


たとえ見栄えが悪かろうとわたしは自分の人生のほうがいいと思う。
人のご機嫌を伺って人のために費やす時間よりも自分のためにあくせくしてるほうがずっとずっといいと思う。

人に対して全否定を繰り出す人にわたしはやっぱりひやっとしてしまうだろう。
でもそれはわたしがおかしいからじゃない。
それに、間違えても失敗しても見栄えが悪くてもバカにされてもわたしの価値も魅力も微塵も変わらないんだと思う。

わたしの価値は何も減らないし、何も壊れない。
わたしは(常識のルールの範囲内でなら)何をやっても許されるんだから、遠慮なんかしないでいいはずだよね。
否定されたり笑われるのが怖くて、自分を諦めてきた時間をわたしはもうこれ以上続けたくない。


文節区切りの線


こんなにも長く辛い生き方を強いられてきた。
わたしが自分の心の本当の悲しみを理解してあげるにはもっともっと時間が必要だと思う。
その時間をわたしはわたしにかける。わたしはずっとそれを待っていたんだと思う。それができるようになる日をずっと待っていたんだと思う。

わたしは本当に怖さに閉じ込められ続けていたんだと思う。そしてわたしはまだまだとても弱い。
自分が弱いということは決して恥ずかしいことなんかではない。
わたしは今までもこの弱い自分を大切に守り通してきた。そしてこれからは今までとは違う新しい方法で、それを学びながらさらに自分を大事にしていこうと思う。


文節区切りの線


今ここまででわかったことは、わたしはこれまでとてもよく生きてきたということ。そしてわたしはわたしの人生で「これをやろう」ということがやっと見えてきた。
それは言葉にするなら「弱い自分を守れる自分になろう」ということだと思う。
それとワークとを繋げて、計画を立てようと思う。

やろうと思えることがあることが今は嬉しい。
これをやろう。ものにしよう。
そしてそれを今のわたしは「すぐにできなくてもいいよ」「ゆっくり時間をかけてもいいよ」「自分に必要なだけの時間を使ってもいいんだよ」「十分に休んでもいいんだよ」と言える。


わたしはびっくりするぐらいに優しい。そのことは悪いことではない。
そしてわたしはその優しさを自分のために使えるようになりたい。

目標を持つと自分の安心も増える。
ゆっくりゆっくりレンガを一つずつ積むように、時にはだらけたり緩めたりしながら、美味しいものや季節やお昼寝の時間を楽しみながら、自分の歩幅で歩んでいこう。



| ONSA WORKSHOP は「回復者」が「主催者」のワークショップ

ONSA WORKSHOP は、「体験者」であり「回復者」が主催者のワークショップ。
その体験から、実際に回復(リカバー)した者が主催となりますため、実践的な内容となっております。

あなたの、その状況も気持ちも多分、"体験して" "知っている"。
安心してお越しいただけましたら、嬉しく思っております。

詳しい来歴等は、「私たちの想い | 運営者情報」からもお読みいただけます。