日々是好日 | イスタンブールと猫と、命のこと[2]

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それでは、「猫を探せ」をお届けしたいです。
イスタンブール編です。

ちなみに、実際はこの8倍ぐらい、猫まみれ。
猫好きの方は、とうてい、まっすぐは歩けないですよ。



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| 一発正解のあなたは、かなりの猫好き


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| 景色の中に、普通にいます。重ねて、この8倍ぐらいの量はいる
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| こんなふうに、猫のためのおうちが、いたるところに


猫のためのおうちは、外だけではない。
ここは、おしゃれなドラッグストアの中。



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| 水とえさが、置いてあるのがわかります?


通りすがりに、みんな、撫でてゆきます。


ちなみに、これはわかりますか?



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| 溶け込んでいます


猫嫌いの方は、非常に、暮らしづらい空気感の街。



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| ここでも、通りすがりに、人が撫でてゆく


重ねて、猫嫌いの人は、おそらく非常に暮らしづらい。
溶け込んでいます。



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| 完全に保護色
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| わざわざ自分からとなりに来ているのに、目をそらす


こちらは、猫様会議です。
犬はいつでも、微妙に蚊帳の外。



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| 何やら激しく言い争っているもよう




意見は人それぞれだから、言いたいことがある方も、いらっしゃると思います。
たとえば、
「無責任に増やすな」
とか。


でもね、私は、すごく感じるものがあります。


そもそもですが、命って、増えるものじゃないですか。
自然と。

動物でも植物でも、ただの有機物でも。
どの命にも、”増える” という方向にむかう、法則性がある。



あるいはですが、
「猫は、そもそも『イエネコ』種なので、イエネコに野良猫はいない」
こんなふうに言う方も、いらっしゃると思うのです。

でも、有史以来猫は、こうやって、人間と共存してきた。
いくら「野良猫はいない」と言っても、歴史を見ればわかる事実がある。





重ねてここでは、是非を言ったり、どちらが正しいとか、言いたいわけではない。
そうではなくて、ふと、こんなことを考えませんか?



「命を『買う』という発想」
「命を『管理する』という発想」

たとえば、マイクロチップを入れない動物は、殺処分するとかいう、恐ろしい発想。
あくまで、人間の側から見た時の、一方的な発想です。



他にしていることは、いつか、自分のこととして返ってくる。

それなら、人間もいつか、命を「買わなければいけない」時代が来るのかな。
あるいは、マイクロチップを入れられて、「管理される」時代が来るのだろうか。


……笑えないですね。





何らかの理由で生まれ、生きている。

「生きているなら、大切に、共に暮らそう」
私には、この発想のほうが、とても健やかに感じる。


あなたも、私も、猫も犬も。

何らかの理由で生まれ、自分として生きている。
それなら、大切に、共に暮らしたいです。